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「ウェークアップぷらす」辛坊治郎が引退示唆!遭難のヨット挑戦にリベンジの意志アリ?

かつては日本テレビ「ズームインSUPER」でニュース解説を担当、現在も読売テレビ「ウェークアップ!ぷらす」でメインキャスターを担当。

これら全国放送の最前線で活躍していたことからキャスターの中でも知名度がトップクラスなのが辛坊治郎(しんぼうじろう)氏。

元々は読売テレビのアナウンサーとして1980年に入社。
軽妙なトークで人気アナウンサーとして活躍し、その後は報道局の解説委員としてニュース解説を担当。

一時期はキー局・日本テレビの番組と大阪の番組を掛け持ちし東と西を行ったり来たり、大忙しの日々だったと言われています。

現在はフリーキャスターとして活躍。
ハッキリとコメントすることから炎上することも多く、彼を代表する出来事である「太平洋横断ヨット遭難」もあって話題には事欠かない人物と言えます。

この記事では、そんな辛坊治郎キャスターのプロフィール・出演番組・ヨット遭難事故や引退説?といった気になる話題をまとめてご紹介します。

辛坊治郎(しんぼうじろう)プロフィール

ニュースで伝えられない 日本の真相
出身地
埼玉県入間市(出生は鳥取県米子市)
生年月日
1956年4月11日
年齢
62歳
出身中学
入間市立豊岡中学校
出身高校
埼玉県立川越高等学校
出身大学
早稲田大学法学部
血液型
AB型
所属
株式会社大阪綜合研究所 代表
過去に所属した放送局
読売テレビ:1980年~2010年9月
Twitter
@sinbojiro
メールマガジン
辛坊治郎メールマガジン

辛坊治郎キャスターは1956年4月11日、鳥取県米子市生まれ、埼玉県入間市育ちの62歳。

大阪府枚方市に自宅を構えており、在住歴は35年以上。

京都府亀岡市には別荘を所有していると言われています。

既婚者、詳細な家族構成は不明ですが、妻の名前は辛抱香さん。
過去に辛坊治郎キャスターがヨットで太平洋横断に出発する直前に激励コメントでメディアに顔出しで登場しています。

子供が辛抱キャスターに手紙を送っていることから妻+子供という一般的な家庭モデルの構成であることが伺えます。

賢人の簿記・会計術

なお、ニューヨーク信託会社社長や住友ファイナンスエイシア社長、エリーパワー株式会社取締役常務執行役員を歴任した実業家・辛坊正記氏は実の兄。

辛坊治郎キャスターよりも7歳年上になります。

生い立ち~学生時代

自衛隊員だった父親の転勤に伴い出生地である鳥取県米子市で過ごしたのは2か月程度。

その後は宮城県東松島市、岐阜県各務原市と渡り歩き小学校入学前に埼玉県入間市に定住。
青春時代の多くを埼玉県入間市で過ごしていたようです。

入間市立豊岡中学校・埼玉県立川越高等学校から1浪を経て早稲田大学法学部に進学。

本人曰く、『成績はほとんど「優」だったが学校に行った記憶がほとんどない。大学時代は麻雀のメンツ集めに行っていたようなもの。当時は良いノートに恵まれていた』とのこと。

ただし就職に関して不利になるようなリスク回避は行っており、成績の多くが「優」だったのはそのためだったそうです。

就職活動当時、既に商社から内々定を貰っていたものの就職課にあったフジテレビの「レポーター・司会者」募集を見て応募。
最終試験まで残ったものの落選、しかしそれを聞いた読売テレビから連絡があって同社の採用試験を受験。

その後、彼は他の就職先の選択肢を蹴って読売テレビに入社したのが”キャスター・辛坊治郎”の始まりとなったのです。

読売テレビ時代

読売テレビには1980年にアナウンサーとして入社。

「ズームイン!!朝!」の関西ローカルパートを担当。
森たけしとのコンビでスポーツコーナーに出演し、阪神タイガースの不振を嘆いたセリフ『難儀やなぁ』は流行語大賞で銀賞を受賞。
さらに阪神タイガースの応援か「負ける気せんね」で歌手としても曲をリリース。

その後も「ニューススクランブル」キャスターや「ウェークアップ!」の司会を担当するなど読売テレビの看板アナウンサーの地位を確立していったのです。

1997年から報道局解説委員に就任。
アメリカ・ニューヨーク駐在を経て帰国後は報道局のプロデューサー兼キャスターとして活躍。
「報道特捜プロジェクト」「あさイチ!」を始め様々な番組を担当しています。

2001年からはNNNキー局である日本テレビ「ズームイン!!SUPER」のニュース解説を担当。
同時に「たかじんのそこまで言って委員会」「ウェークアップ!ぷらす」などにも出演することとなり、東京へ単身赴任しつつも、東京・大阪間を行き来する生活を送っていたようです。

フリーキャスター時代

2010年3月には「す・またん」へキャスター・解説者としてレギュラー出演。

2010年8月には読売テレビを退職し、フリーキャスターとなりますが、それまでに出演していた読売テレビの番組は全て継続し現在まで出演を続けています。

現在所属する大阪綜合研究所は辛坊治郎キャスターが設立し代表を務めるシンクタンク(様々な分野で政策の立案や提言をする研究機関)となっています。

現在の出演番組

辛坊治郎キャスターが現在レギュラー出演する番組は次のとおり。

その多くが、読売テレビ在籍時からの継続出演となっています。

テレビ

【読売テレビ】朝生ワイド す・またん!

2010年3月29日からニュース解説として出演
2018年3月までは月曜~金曜までフル出演だったが、4月以降は木曜・金曜に出演機会を抑えている

【読売テレビ】ウェークアップ!ぷらす

2005年4月2日から番組のメインキャスターとして出演

なお、前身番組「ウェークアップ!」にも1991年~1993年3月まではメインキャスターとして出演していた

【読売テレビ】かんさい情報ネットten.

不定期に「増田のニュースドライブ~辛坊さんついてきて~」またはコメンテーターとして登場する

【読売テレビ】そこまで言って委員会NP

2003年7月13日から読売テレビで放送されている討論スタイルの報道系バラエティ番組
開始当初は「たかじんのそこまで言って委員会」としてタレント「やしきたかじん」が司会を担当していた

辛坊治郎キャスターは副委員長という肩書で出演していたが、2015年4月から議長として番組進行の中心を担っている

YouTube

【辛坊治郎公式】辛坊の旅

【辛坊治郎公式】辛坊の旅 - YouTube

過去の主なレギュラー出演番組

テレビ

ズームイン!!SUPER

2001年10月1日~2011年3月31日まで日本テレビ系列で放送されていた平日朝の情報番組

当時日本テレビのアナウンサーだった福澤朗・羽鳥慎一といった人気男性アナがメインMCを務めていた

辛坊治郎キャスターは読売テレビの所属だったが、同番組にニュース解説として出演
2001年10月~2010年3月まで全国パートのニュース解説、2010年4月~2011年3月まで読売テレビのローカルパートのニュース解説を担当した

報道特捜プロジェクト

1993年4月~2008年12月20日まで日本テレビで放送された報道番組

国民年金流用問題や悪質な詐欺、社会問題などを徹底して取材し実態を暴くという通常のニュースや報道とは一線を画す内容で人気を博した

日本テレビ制作で関東ローカルの放送だったが、番組のキャスターに当時読売テレビの社員だった辛坊治郎キャスターが起用された

あさイチ!

読売テレビが平日の早朝5:20~6:30に放送していた情報番組
2000年7月3日~2005年8月31日まで放送

開始当初は森武史・中元綾子・辛坊治郎と同局のアナウンサー・キャスターのみで構成されていたが、次々と降板。
特に辛坊治郎キャスターが番組を降板した際には視聴率が目に見えて低下、結局リカバーできずに番組は終了の要因となった。

なおNHK「あさイチ」とは無関係である

ラジオ

辛坊治郎ズームそこまで言うか!

2012年4月7日~2017年9月30日まで毎週土曜日にニッポン放送で生放送されていたラジオの報道・情報番組

パーソナリティは辛坊治郎、アシスタントはニッポン放送・増山さやかアナ、アンカーマンはニッポン放送・飯田浩司アナ

当時平日に放送されていた「ザ・ボイス そこまで言うか!」とは姉妹番組の関係にあった

「ズームそこまで言うか!」YouTube動画

なお「辛坊治郎ズームそこまで言うか!」ではニッポン放送の公式YouTubeチャンネル動画が公開されている

CD

負ける気せんね

1989年リリース
読売テレビ・森たけしアナとうたった阪神タイガース応援歌

ガン発覚、症状は?

後述するヨットによる太平洋横断に挑戦する会見の場(2013年3月13日)で明らかになった辛坊治郎キャスターのガン。

実は2012年12月19日に十二指腸にガンが見つかって摘出手術を行っていたことが本人の口から語られました。
手術当日も「す・またん」に出演し、翌週には番組へ復帰しています。

その後、転移がないかを検査したら肺に若干の影が見つかったことも明かされたものの、結果的に太平洋横断に挑戦したことからガンだけを見れば大事に至っていない模様。

2018年末に至るまで、辛坊治郎キャスターに特段の健康不安は見られないことから現時点で触れるような問題は存在していないようです。

ヨットで太平洋横断に挑戦!するも遭難事故で失敗

ヨットでの太平洋横断に挑戦したのは辛坊治郎キャスターと全盲のセーラー岩本光弘氏。

これは「ブラインドセーリング」という岩本氏の挑戦企画。
辛坊キャスターは全ての仕事を一時的に休止して彼をサポートする形で同行することに。

2013年6月8日に練習を兼ねて大阪市内のヨットハーバーを出航し13日に福島県いわき市へ寄港。

その後、2013年6月16日に福島県いわき市・小名浜港を出発。
約9000キロ先のアメリカ・サンディエゴに同年8月初旬ごろの到着を目指していました。

辛坊治郎キャスターがヨットで太平洋横断を予定していた地図

事態が一変したのは2013年6月21日、朝。
辛坊治郎キャスターら2人が乗るヨットから今回のプロジェクトの企画事務所を通して「海水が侵入した」と救助要請。

同日午前8時過ぎにヨットを破棄して救命ボートに乗り移ったふたり。

宮城県沖約1200キロ(サンディエゴまでの約1/9の距離)の太平洋上で同日午後6時過ぎに海上自衛隊が遭難しているふたりを発見、救助に至りました。

人命第一で無事に救助されたことは喜ばしいのは疑う余地もありません。
しかし、この救助激似掛かった費用は1000万円以上とされており、それらの費用を国が負担することに対してはインターネット上はもとより自民党国防部会でも批判の的となったのです。

さらに辛坊治郎キャスターは、2004年に起きた「イラク日本人人質事件」において法人救助に掛かった4000万円とも言われる費用に対して自己責任論を主張していたことから、ヨット遭難事故における救助はブーメランとして彼に突き刺さって大炎上を招いてしまったのです。

このプロジェクト自体が24時間テレビのチャレンジ企画の一端を担っていたことから、より一層火に油を注ぐ形にもなりました。

次の項目で記載している通り、辛坊治郎キャスターはいずれヨットでの太平洋横断にリベンジしたいという希望を抱いているのですが、現実となった際には必ずこの事故・救助によるチャレンジの是非が再燃するはずです。

はたしてどうなることやら・・・。

辛坊治郎が引退?

ハッキリとしたコメントで人気のある一方、アンチも多い辛坊治郎キャスター。

彼の引退説は常にインターネット上に存在しており、その多くが根拠のないデマや誤報の類です。

さて、そんな辛坊治郎キャスターが確かに引退を示唆した場面がありました。

それが2015年12月の著書「ニュースで伝えられないこの国の正体」出版記念サイン会。

取材陣に『同期が来年で還暦になるんで、雪崩を打って定年退職に入る。今まで働かせてもらって大変ありがたいんですけど、もうそろそろ引退かな。』とコメントしつつも『3月で辞めたら7月の参院選に出ると言われるから、辞めるのをやめた』と撤回。

しかし引退について考慮しているのも事実の模様。
その裏には2013年に挑戦して遭難し結果的に失敗となった太平洋横断ヨットの存在があるようです。

ヨットでの太平洋横断は「もう一度挑戦しないと人生のつじつまが合わない」と語り、挑戦する以上は迷惑が掛かるため仕事を含めた様々な事に区切りをつける必要があると考えていることを明かしています。

最もこの取材会見から3年ほどたった2018年になっても辛坊治郎キャスターは変わらずテレビに出演。
彼が区切りをつけて引退するはまだまだ先になるようです。

ニュースキャスターの辛坊治郎氏(59)が23日、大阪市内で新著「ニュースで伝えられないこの国の正体」の出版記念サイン会を行い、再来年に引退する可能性を示唆した。

 

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2018/11/22

-キャスター
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